老後生活への不安を感じる方のなかには、「老後資金はいつから貯めるべき?」「老後資金を貯める方法や注意点は?」といった疑問を持つ方もいるでしょう。
老後資金の準備に「これが正解」というタイミングはありません。収入が安定してきた時期や、ライフイベントが落ち着いたあとなど、ベストなタイミングは人それぞれです。
老後資金を貯め始めるタイミングはいつから?
まずは、老後資金を貯め始めるタイミングについて解説します。
できるだけ早い時期から
老後資金は早く貯め始めるほど効果的です。例えば若い頃から投資などを開始すれば、複利効果を活用でき、少額からでも長期的に大きな資産を形成できる可能性があります。
また、将来のライフイベントや予期せぬ出費にも十分な余裕を持って備えることができるため、より柔軟な資金計画を立てることが可能です。
収入が比較的少ない若い時期から、毎月少額でもコツコツと積み立てる習慣を身に付けることで、将来への経済的な安心感を高められます。
収入が安定し始めたタイミングから
収入が安定し始めたタイミングは、老後資金の貯蓄を始める最適なタイミングです。特に30代以降は、結婚や子育てなどで支出が増える一方、収入も安定してくる時期です。
この時期から計画的な積立を始めることで、将来への備えを着実に進めることができます。40代~50代は収入がピークを迎える時期です。
この時期に老後資金をしっかりと貯めると、ゆとりある老後生活への準備が整います。収入が安定している時期だからこそ、計画的に資産を形成するチャンスといえるでしょう。
ライフイベントが一段落したあとでも遅くはない
教育費や住宅ローンの支払いが一段落したタイミングで老後資金の貯蓄を始めても、決して遅すぎることはありません。
この時期には、教育費や住宅費用といった大きな支出が減少し、貯蓄に回せる余裕が生じやすくなります。
定年後であっても適切な資産運用を活用すれば、資産を守りながら運用益を得ることが期待できます。
重要なのは、タイミングにかかわらず老後のための資金準備を意識し、できる範囲で積極的に行動を起こすことです。
老後資金を貯める2つの理由
老後の生活を安心して送るには、「なぜ貯蓄が必要なのか」その具体的な理由を理解することが重要です。次に、老後資金を貯める2つの理由について解説します。
年金だけでは老後の生活費を十分に賄うことが難しいから
老後の生活費について、具体的な数字から見ていきましょう。日本年金機構によると、令和6年度における厚生年金(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額)は月額23万483円です。
これに対し、公益財団法人生命保険文化センター「2022(令和4)年度生活保障に関する調査」では、夫婦2人で老後生活を送るうえで必要と考える最低日常生活費は月額で平均23万2,000円と報告されています。
さらに、旅行や趣味、レジャーなど、生活の質を高める活動に充てる費用も含めた「ゆとりある老後生活」のための生活費は、月額で平均37万9,000円にのぼります。
この数字を比較すると、厚生年金受給者であっても、必要最低限の生活は何とか送れるものの、ゆとりある生活の実現は難しい状況であることがわかります。
特に国民年金のみの加入者の場合、老後の生活資金が大きく不足する可能性が高いといえるでしょう。
参照:令和6年4月分からの年金額等について(日本年金機構)
「2022(令和4)年度生活保障に関する調査」(公益財団法人 生命保険文化センター)
予測できない医療費や介護費用に対応するため
寿命が延びるなか、予測できない医療費や介護費用への備えも重要です。公益財団法人生命保険文化センター「2021年(令和3年)度 生命保険に関する全国実態調査」によると、介護にかかる費用は月額平均で約8万3,000円です。
介護期間は平均で5年1ヵ月であることから、介護期間全体では約500万円以上の費用が必要になると試算されます。
これらの費用は公的保険だけでは補えない場合もあり、自己負担が必要になることも考えられるでしょう。
医療費や介護費用は突発的に発生し、かつ高額になることもあります。そのため、老後資金を準備する際は、このような予測しづらい出費に備えた計画を立てることが大切です。
参照:「2021年(令和3年)年度 生命保険に関する全国実態調査」(公益財団法人 生命保険文化センター)
50代以降に老後資金を貯め始める2つのメリット
老後資金は早く貯め始めるほど有利ですが、50代以降からでも決して遅くはありません。ここでは50代以降に老後資金を貯める2つのメリットについて解説します。
ライフイベントが一段落している場合は貯蓄に余裕が生まれる
子どもの教育費や住宅ローンの支払いといった大きなライフイベントが一段落すると、家計に余裕が生まれ、老後資金の準備に注力できるようになります。
このタイミングは、家計の見直しによる無駄な支出の削減にも取り組みやすく、計画的な資産形成を始める絶好の機会ともいえるでしょう。
また、50代以降はキャリアの安定や、収入のピークを迎える時期でもあります。これらの条件を活かすことで、効率的に老後資金を貯めることが可能になります。
現実的な資金計画を立てやすくなる
50代以降は、より現実的な老後の資金計画を立てやすくなります。
親の介護や身近な人の定年後の生活を目にする機会が増え、実際の介護費用や退職後の生活費、趣味や娯楽への支出など、具体的な金額をイメージしやすくなるためです。
また、自分自身も定年までの期間が明確になり、「住む場所」「趣味」「医療や介護への備え」など、老後の暮らしをより具体的に描きやすくなります。
このような現実的なイメージがあれば、必要な資金を適切に見積もり、安心して老後を迎えるための準備が進められるでしょう。
老後資金の目標額を決めるときの手順は?
ここからは、老後資金の目標額を決める際の手順について解説します。
1. 老後の生活費の試算
老後の生活費を試算するには、まず現在の毎月の支出を項目ごとに整理することから始めましょう。
食費、住居費、光熱費などの基本的な生活費に加え、趣味や娯楽費、医療費、交際費なども含めて実態を把握します。
この基本となる支出から、教育費や住宅ローンなど不要となる費用を除き、逆に増加が見込まれる医療費、介護費などを加えて調整します。
さらに、物価上昇も考慮に入れることで、より現実的な試算が可能になります。
2. 収入源の確認
老後のおもな収入源となる公的年金の受給見込み額は、「ねんきんネット」や年金事務所で確認できます。企業年金や個人年金に加入している場合は、それらの受給予定額も把握しましょう。
さらに、退職金、預貯金や投資からの運用収入、不動産収入、パートタイム収入など、年金以外の収入も整理します。
これらの収入を具体的に把握すれば、老後の実際の収入総額が見えてきます。
3. 年間の必要資金の算出
老後の年間支出から年間収入を差し引き、不足する金額を計算します。
例えば、年間支出が312万円(26万円×12ヵ月)、年間年金収入等が240万円の場合、不足額は72万円です。
4. 老後期間の設定
次に、退職後の生活期間を設定します。厚生労働省「令和5年簡易生命表」によると、平均寿命は男性81.09年、女性87.14年です。
退職年齢から平均余命をもとに老後期間を設定する方法もありますが、平均寿命より長生きする可能性も考慮し、余裕を持った期間設定で資金不足のリスク軽減も考慮するとよいでしょう。
5. 総必要資金の計算
年間の不足額に老後期間をかけ合わせることで、必要な老後資金の総額を算出します。
例えば、年間の不足額が72万円、老後期間を30年と想定した場合、72万円×30年=2,160万円となり、これが必要な老後資金の目安となります。
6. 現在の資産状況の確認
現在の貯蓄や投資資産を確認し、目標額との差額を明確にしましょう。
老後資金が2,160万円必要で、現在の貯蓄額が500万円ある場合1,660万円の貯蓄が必要です。
7. 毎月の貯蓄計画の計算
不足している資金を退職までの期間で貯めるため、毎月の貯蓄額を設定します。
例えば、1,660万円の不足を20年間で貯める場合は、毎月の貯蓄額は約6万9,000円です。
参照:令和5年簡易生命表の概況(厚生労働省)
【年代別】毎月3万円積み立てた場合のシミュレーション
毎月の貯蓄金額は、一般的に収入の20%~30%が理想とされています。
ここでは、毎月3万円を利率3.0%の複利で積み立て、公的年金の受給が開始する65歳まで続けた場合、最終的な積立金額がどのくらいになるかを年代別に見てみましょう。
【条件】
・毎月の積立額……3万円
・想定利回り(年率)……3.0%
積立開始時期
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積立期間
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元本
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運用収益
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合計金額
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20歳からスタート
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45年
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1,620万円
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1,801万円
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3,421万円
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30歳からスタート
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35年
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1,260万円
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965万円
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2,225万円
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40歳からスタート
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25年
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900万円
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438万円
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1,338万円
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50歳からスタート
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15年
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540万円
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141万円
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681万円
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60歳からスタート
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5年
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180万円
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14万円
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194万円
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※手数料、税金は考慮しないものとします。
※本シミュレーションによる算出金額はあくまでも目安です。実際の貯蓄額は、適用される利率や金融商品の運用実績、税金、手数料などによって変動する可能性があります。
金融庁が2019年に発表した報告書で公表した、「老後2,000万円問題」によると、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯の場合、毎月平均約5万円の赤字が生じ、老後30年間で約2,000万円が必要になると試算されています。
老後に2,000万円が必要になる場合、上記のシミュレーションによれば、30歳から毎月3万円を積み立てて老後資金を準備するのが理想的です。
しかし、40歳や50歳からのスタートでも諦める必要はありません。その場合は、目標金額に近づけるために毎月の積立額を増やす、または運用利回りの高い金融商品を活用するといった方法があります。
パートやアルバイトによる収入増加、節約による支出の削減なども有効な手段です。
これらを組み合わせることで、40歳や50歳からでも老後資金を効率的に準備し、安心して老後を迎える可能性を高められます。
参照:金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」令和元年6月3日
老後資金を貯める4つの方法
次に老後資金を貯める4つの方法について解説します。
NISA(少額投資非課税制度)
NISAは、個人投資家が一定の範囲内で投資した株式や投資信託などで得た利益に対する税負担を軽減するための制度です。
通常、投資による利益には20.315%の税金が課されますが、NISAを利用すると一定の投資額までその税金が非課税になります。
2024年からは新しいNISA制度が導入され、非課税保有期間が無期限、年間の投資上限額が最大360万円に拡大されました。
個人年金保険
個人年金保険は、公的年金に加えて老後の生活資金を準備するための保険商品です。契約者が一定期間保険料を支払い、契約時に定めた年齢に達すると、給付金を一括または年金形式で受け取ることができます。
個人年金の種類には、保証期間付終身年金や確定年金など、さまざまな選択肢があります。また、一定の条件を満たせば個人年金保険料控除の対象となり、所得税や住民税の軽減が期待できます。
ただし、途中で解約すると返戻金が当初の払込保険料を下回る場合があるため、契約は長期的な視点で検討することが重要です。
iDeCo(個人型確定拠出年金)
iDeCoは、公的年金に加えて別途給付を受けられる私的年金制度です。個人が自ら掛金を拠出し、その資産を自分で運用します。
掛金は全額が所得控除の対象となり、運用益も非課税です。
ただし、原則として60歳まで資産を引き出すことはできず、運用結果によって将来の受取額が変動するため、長期的な計画と適切なリスク管理が重要です。
財形年金貯蓄
財形年金貯蓄は、勤労者が給与天引きで積み立て、老後の生活資金を準備するための制度です。
契約時に満55歳未満であることが条件となり、5年以上の積立期間を経て、60歳以降に5年以上20年以内の期間で年金として受け取ります。
財形住宅貯蓄と合わせて元利合計550万円までの利子が非課税です。なお、利用するには勤務先が財形貯蓄制度を導入していることが前提です。
老後の資金については、下記記事でも詳しく解説していますので、合わせてご覧ください。
老後資金を貯める際の注意点
最後に、老後資金を貯める際の注意点について解説します。
無理のない計画を立てる
老後資金を準備する際は、無理のない計画を立てることが重要です。家族のライフプランを把握し、子育てや住宅購入など大きな支出が予想される時期には貯蓄額を柔軟に調整することを心がけましょう。
また、貯蓄を継続させるには、現実的かつ持続可能な目標を設定することがポイントです。日常生活に過度な負担をかけずに貯蓄を進めることで、計画を途中で断念するリスクを抑えられます。
貯金と投資のバランスを意識する
貯金(預貯金)には一定額まで元本保証がありますが、金融機関が破綻した場合に預金保険制度で守られるのは一定額までになります。
また、貯金をする場合、低金利のため大きな資産増加は期待できません。一方で、投資はリスクをともないますが、長期的にはインフレ対策や資産の増加に有効な手段です。
貯金と投資のバランスを取ることが重要であり、まずは生活防衛資金を確保したうえで、余裕資金を活用して投資に取り組むことをおすすめします。
目標に応じて資産配分を設定し、定期的にポートフォリオを見直すことでリスク管理を徹底しましょう。
予想外の支出にも備える
老後の生活では、医療費や介護費用、住宅のリフォーム費用など、予期しない高額な支出が発生する可能性があります。
医療保険や介護保険への加入も検討し、万が一の際に経済的な負担を軽減できる体制を整えることが重要です。
定期的に計画を見直す
家計の収支や生活環境は時間とともに変化するため、一度立てた計画が将来的にも適切であるとは限りません。
例えば、収入の変動、物価上昇、医療費や介護費用などの予想外の支出によって、当初の計画では資金が不足する可能性が考えられます。年に一度など定期的に貯蓄状況や運用成果を確認し、必要に応じて目標額や積立額を見直しましょう。
まとめ
老後資金の準備は早期に始めることが望ましいものの、焦る必要はありません。大切なのは、自分の状況に合わせて無理のない形で始めることです。収入が安定したときや、ライフイベントが一段落したあとから開始しても決して遅くはないのです。
効果的な資産形成のためには、まず老後資金の目安額を把握することが重要です。そのうえで、貯蓄と投資をバランス良く組み合わせながら、資産形成を進めていくことをおすすめします。
老後への備えは、今できることから着実に進めていくことが肝心です。焦らず、堅実に、そして継続的に資金を積み立てることで、安心できる将来の生活基盤を築いていきましょう。
齋藤 彩(さいとう あや)
独立系FPとして資産運用や保険提案、ローン、住宅購入などの個人向け相談業務を中心に、中小企業への企業型確定拠出年金制度(企業型DC)の導入支援も行なう。また、お金の知識をわかりやすく伝えるため、金融メディアへの執筆・監修活動もしている。
<保有資格>CFP、1級FP技能士