老後の生活資金を確保するために、現在住んでいる家を売却するのは一つの選択肢です。しかし「老後に家を売ってはいけない」と聞いて、不安に感じる方もいるのではないでしょうか。
家の売却が本当に最適な選択肢かどうかを判断するには、老後に家を売るメリットとデメリットを踏まえたうえで慎重に検討することが大切です。
老後に家を売ってはいけないと言われる理由・売却のデメリット
「老後に家を売ってはいけない」と聞いたことがないでしょうか。そう言われる背景には、老後に自宅を売却することで生じる複数のデメリットが潜んでいます。
築古だと売却益が出ない場合がある
築年数が経過した一戸建てや分譲マンションの場合、想定しているほど高値で売却できない可能性があります。
家は築年数が経つほど資産価値が下がる傾向にあるためです。したがって、自宅を売却しても老後の生活資金を十分に確保できないおそれがある点に注意が必要です。
老後に自宅を売却する際には、現実的な売却価格を想定したうえで資金計画を立てることが欠かせません。
また、人口が減少しているエリアや地方にある物件は需要が少なく、売却までに時間がかかる可能性があることも懸念材料として挙げられます。
高齢者は賃貸物件を借りにくい
一般的に、高齢者は賃貸物件を借りにくい傾向にあります。安定した収入がなかったり、健康状態に不安があったりすることを不安視する大家が多いためです。
また、高齢者の場合は保証人を立てるのが難しいことも、入居審査に通りにくくなる要因といえます。
住み替え先が決まっていないまま家を売ってしまうと、住む場所がなくなるおそれもあるため注意が必要です。
家賃を支払い続けなくてはいけない
自宅を売却して賃貸物件に住み替えた場合、毎月家賃の支払いが発生します。
しかし前述したように、想定よりも売却益が出なかった場合には、将来的に家賃が支払えなくなる事態に陥りかねません。
例えば、70歳で引越しをして100歳まで生きた場合、家賃の支払い期間は単純計算で30年です。
そのためまずは、老後の生活資金をどのくらい用意すれば無理なく家賃を支払えるか、家賃をまかなうには自宅をいくらで売却すればよいのかなどをシミュレーションすることが大切です。
そのうえで、自宅の売却が最適な選択肢かを慎重に検討しましょう。
余分な家財を処分しなくてはいけない
自宅を売却して住み替える場合、老後の生活を考慮して今よりもコンパクトな家を選ぶケースが多いでしょう。
その場合、現在の家にある家財をすべて持ち運ぶことは難しく、多くのものを処分しなければなりません。
家財の整理や処分には時間や体力が必要です。体力が衰えつつある老後に家財を処分する行為は、身体的に大きな負担となりかねません。
一方、専門業者に家財の処分を依頼すると費用がかかる点がデメリットです。
環境の変化によるストレスが発生する
住み慣れた自宅から新居に住み替えると、生活環境の変化によるストレスが生じることがあります。
新しい土地での生活では、地域のルールや新しい人間関係に適応することが求められますが、これがうまくいかないと孤立感を覚えてしまいかねません。
さらに、地域によっては騒音問題や気候の違いに悩まされることもあります。住み替えを検討するときには、新しい環境が自分に合わなかった場合のリスクをよく考えることが大切です。
子どもに残す財産が減る
家は資産の一つです。自宅を売却すると、子どもに相続させる財産が減ってしまうことになります。
また、もし子どもが将来的にその家に住むことを計画していた場合は、子どものライフプランにも大きな影響を与えてしまうかもしれません。
売却を進める際には、パートナーや子どもと相談し、家族全体のライフプランを共有しておくことが大切です。
老後に家を売っても良いパターン
老後に家を売る行為には、さまざまなリスクがともないます。しかし以下のケースに該当するときには、自宅を売却してもリスクを回避することが可能です。
子どもと暮らすなど次の家が決まっている
住み替え先が決まっている場合は、自宅の売却を検討してもよいでしょう。例えば子ども世帯と同居するなど、住み替え後の家賃負担がない場合は特にトラブルが起こりにくいといえます。
また、老人ホームに入居する予定があるなど、売却後のライフプランが明確で資金シミュレーションができている場合も自宅の売却が視野に入ってきます。
ただし、生活環境の変化にともなうストレスが心身に悪影響をおよぼす可能性は否めません。
そのため、病気にかかる、人間関係に悩まされるなど、さまざまな事態を想定したうえで住み替えを考えることが大切です。
今の家が不便である
歳を重ねて体力が衰えたことにより、自宅が住みにくいと感じる場合があるでしょう。例えば一戸建てに住んでいる場合は、階段の上り下りが負担となり、いつしか2階をまったく使わなくなることがあるかもしれません。
また、現在の自宅が駅から離れた場所にあり、すでに免許を返納しているケースでは気軽にスーパーマーケットへ行ったり、病院へ通ったりすることが難しくなる可能性があります。
このように今の家に不便さを感じているケースでは、より利便性の高い場所やバリアフリー機能を備えた住居へ住み替えることで、快適な老後の生活を送れるでしょう。
高い売却益が期待できる
家を売るデメリットとして思ったよりも売却益が出ない可能性があることをご紹介しましたが、高い売却益が期待できる場合は家を手放してもよいでしょう。
特に築年数の浅い物件や好立地に建っている物件などは、高値での売却が期待できます。
自宅の売却によって老後資金が潤えば、趣味や余暇なども充実したシニアライフを過ごせる可能性が高まります。
自宅の売却で得られる利益や年金など老後の収入と、住み替え後の支出をしっかりシミュレーションしたうえで、売却するかどうかを決めることが大切です。
老後に家を売るメリット
老後に家を売却することには、デメリットだけでなくメリットもあります。そのため、自宅を売却するかどうかで迷ったときは、デメリットとメリットの双方を比較し、どちらのほうがより快適な老後の生活を送れるかを考えることがポイントです。
ここでは、老後に家を売るメリットを確認していきましょう。
老後の生活費を確保できる
自宅を売る大きなメリットは、老後の生活資金を確保できることです。老後のおもな収入は年金ですが、それだけで快適な生活を送れるか不安な方もいるでしょう。
しかし家の売却金額を老後の生活費に充てれば、経済面において不安を感じる心配がなくなります。
ただし、自宅の売却時には不動産会社に支払う仲介手数料や税金など諸経費が発生し、売却益のすべてが手もとに残るわけではないことに注意が必要です。
老後資金が心配な方は、下記記事もぜひご覧ください。
住宅ローンや固定資産税などの負担が減る
家を所有していると、固定資産税や維持費などがかかります。特に築年数の古い家の場合は、快適な生活を送るために修費やリフォームが必要になることもあるでしょう。
しかし自宅を売却すると、そうした費用の負担がなくなります。
また、住宅ローンが残っている場合には、自宅を売却して得たお金を残債の返済に充てることも可能です。
賃貸物件に住み替える際には家賃を考慮することが必要ですが、家にかかる固定費がなくなれば、老後の生活費の負担を軽減できる可能性があります。
ライフスタイルに合った家で暮らせる
子どもが独立して夫婦二人だけの生活になるなど、老後にライフスタイルが変わることがあります。
例えば部屋を持て余したり、掃除が行き届かなくなったり、2階に上がるのが億劫に感じられたりすることもあるでしょう。
そのようなケースでは、家を売却し、駅に近い住まいやバリアフリーに対応した物件などに住み替えることで、老後の生活を快適に過ごせる可能性が高まります。
相続のトラブルを回避できる
自宅を売却すると子どもに残す資産が減るとご紹介しましたが、逆に相続トラブルの回避につながることもあります。
例えば子どもが複数いて、相続財産が家しかない場合、誰が家を相続するかでトラブルになるケースは珍しくありません。
しかし家を売却し、現金など子どもたちが分けやすい形で資産を残すことで、相続の際の争いを避けられるでしょう。
老後に家を売却したあとの住み替え先を決めるポイント
老後に家を売る場合は、住み替え先も併せて吟味する必要があります。住み替えた結果、今より生活が不便になってしまうと、家を売らなければ良かったという後悔につながってしまう可能性があるからです。
老後に家を売却する後悔を防ぐためにも、ここでご紹介するポイントを意識したうえで住み替え先を探すことをおすすめします。
行動しやすい場所を選ぶ
老後は車を手放し、電車やバス、タクシーがメインの交通手段になることが想定されるため、駅やバス停の近くで暮らすのが適しています。
買い物や通院など、車を手放したあとも不自由なく外出できるかどうかを考えたうえで住み替え先を検討しましょう。
スーパーマーケットやコンビニエンスストア、メインバンク、さまざまな病気の診療に対応している総合病院が住み替え先の近くにあると安心です。
また、いざというときに頼れる子どもや親戚が暮らす家と近いかどうかもポイントの一つです。
バリアフリー物件を選ぶ
高齢になると身体機能が低下し、これまでできていた動作が難しくなるほか、ケガのリスクも高まります。
そのため、住み替え先を選ぶときにはバリアフリーに対応しているかどうかを確認することも大切です。
段差が極力ない家や、トイレや階段に手すりが設置された家、車いすでの移動がしやすい家などを選ぶことで、今後のさらなるライフスタイルの変化にも柔軟に対応しやすくなるでしょう。
妥協しない
住み替え先は終の棲家となる可能性が高いといえます。
「以前から住んでみたかった憧れの場所」などの漠然とした理由だけで住み替え先を選ぶと、実際に住み始めたあとで不便さを感じて後悔してしまいかねません。
住み替え先を探すときには周辺の生活環境や行政のサポート体制などもしっかり調べ、妥協しないことが大切です。
老後に家を売る際に注意するポイント
実際に家を売ると決めた場合は、手続きなどがスムーズに進むよう、以下のポイントに注意しましょう。
家族みんなで相談して決める
家の売却は、人生における大きな決断です。そのため、夫婦や子どもなど家族みんなでしっかり話し合って決めましょう。子どもが将来的な同居や相続を考えている場合もあります。
また、将来子どもに介護や生活のケアをお願いする場合に、住み替え先が遠く離れた場所だと訪問が難しいかもしれません。
老後に家を売却するときには、新しい住まいの計画も含め、家族全員が納得した形で進めることが大切です。
元気があるうちに決める
家の売却や引越しは大きな労力を要するため、体力があるうちに行動することをおすすめします。これには、認知症の発症リスクも関係しています。
認知症と診断されると、売買契約を締結するための意思能力がないと見なされる場合があるのです。
そうなると、成年後見人を立てるなど売却の手続きも複雑になってしまいます。そのため住み替えを計画しているのなら、健康なうちに準備を進めておくことが大切です。
新たに家を購入する場合は住宅ローンを利用しない
現在の自宅を売却して新たな家の購入を考えている場合、住宅ローンの利用は避けましょう。
高齢者のおもな収入は年金であり、ローンの返済は経済面において大きな負担になります。そのため、老後の生活に不安を抱えたくないのなら、現金一括で購入できる家を選ぶことがポイントです。
反対にいえば、住宅ローンを組まなければ家を購入できない場合は、賃貸物件に住むのが無難です。
賃貸物件にすることも検討する
家を売ってしまうと、その家には戻りたくても戻れなくなります。吟味して住み替え先を決めたものの、やはり現在の家のほうが良かったと思わないか、不安な方もいるでしょう。
そうした場合には、家を賃貸物件として貸し出すことも一案です。賃貸にすれば、将来的にまた住むことが可能なだけでなく、貸している間は家賃収入を得られるメリットもあります。
子どもにも、収益物件を相続させることができます。
老後に家を売る方法
最後に、老後に家を売るおもな方法を4つご紹介します。
仲介
不動産会社に仲介してもらい、買い手を探す方法です。
不動産会社が購入希望者の募集や売買条件の交渉、契約手続きなどを代行してくれるため、売り手が直接買い手とやり取りする手間を省ける点がメリットです。
ただし、売買契約が成立した際には仲介手数料を支払う必要があります。
また、買い手が見つからない限り売却できない点もデメリットです。売却できるまでに数ヵ月以上かかるケースも少なくありません。
買い取り
不動産会社に直接買い取ってもらう方法です。仲介と違って買い手を探す時間が不要なため、売却までの時間が短いことがメリットとして挙げられます。
仲介で買い手が見つからない場合にも有効な売却方法です。
ただし、売却価格は仲介よりも2~3割ほど安くなる傾向にあります。したがって買い取りでの売却は、短期間で自宅を現金化したい場合に適しているといえるでしょう。
リースバック
自宅の売却後、買い手からその家を借りる形で住み続ける方法です。
生活環境の変化によるストレスに悩まされることはないため、特に住み替えリスクが高いシニア層に適しています。
一方で、買取価格が市場価格より安く設定されるケースが多く、手もとに残る資金が少なくなる可能性があるのが懸念点です。
高く売れた場合でも、その分家賃が高額になる可能性があるため、支払い計画を慎重に立てることが求められます。
リバースモーゲージ
自宅を担保として金融機関からお金を借りる方法です。借入期間中は利息のみを支払い、元本は債務者の死亡後に家を売却して返済する仕組みとなっています。
リバースモーゲージを利用すると、まとまった老後資金を確保しながら自宅に住み続けることが可能です。
ただし、対象物件や借入金の用途に制限があるほか、相続人の同意が必要なため、利用のハードルがやや高い点に注意が必要です。相続を含めた家族間での十分な話し合いが求められます。
まとめ
老後に家を売ってはいけないと言われるのは、住み替えによる生活環境の変化で心身に悪影響を与えるおそれがある、賃貸物件を借りにくいなどのデメリットがあるためです。
一方で、老後の生活資金を確保できる、ライフスタイルに合った家に住み替えられるなどのメリットもあります。
そのため老後に家を売るかどうかで迷ったときには、売却のメリット・デメリットを十分に理解し、家族と相談しながら今後のライフプランを考えることが重要です。
また、住み替え先や売却方法についても慎重に検討する必要があります。本記事を参考に、将来に向けた準備を早めに進めましょう。
齋藤 彩(さいとう あや)
独立系FPとして資産運用や保険提案、ローン、住宅購入などの個人向け相談業務を中心に、中小企業への企業型確定拠出年金制度(企業型DC)の導入支援も行なう。また、お金の知識をわかりやすく伝えるため、金融メディアへの執筆・監修活動もしている。
<保有資格>CFP、1級FP技能士